列車の窓から射し込む朝日が、私の頬をそっと撫でる。サンライズ瀬戸に揺られながら、瀬戸内海の美しい景色を眺めていると、時間がゆっくりと流れていくような感覚に包まれる。この寝台特急は、単なる移動手段ではなく、まるで時間旅行のようだ。現代の喧騒から離れ、昭和の雰囲気が漂う車内で過ごす時間は、懐かしさと新鮮さが入り混じった不思議な体験だ。
そんな時間旅行の余韻に浸りながら、旅の途中で偶然出会った一軒の喫茶店が、この感覚をさらに深めてくれた。「南珈琲店」。その名前を聞いただけで、どこか懐かしさを感じさせる。
店の外観は、サンライズ瀬戸の車両のように、時代を超えて存在している印象だ。ドア一枚分の階段を上がって2階に位置するこの喫茶店は、吉祥寺のモアやジョンヘンリーズスタディを思わせる。まるで、サンライズ瀬戸で過ごした時間が、そのまま現実の空間に具現化したかのようだ。
店内に一歩足を踏み入れると、まるでタイムスリップしたかのような感覚に襲われる。無機質な現代風のインテリアではなく、温かみのある木製の椅子とテーブル、壁際のクッション付きロングチェアが、居心地の良さを醸し出している。これは、サンライズ瀬戸の車内で感じた懐かしさと新鮮さの絶妙なバランスを、そのまま店内に再現したかのようだ。
BGMはジャズ。サンライズ瀬戸の車内でヘッドホンを通して聴いていた音楽と同じジャンルだ。列車の軽やかな揺れと、ジャズの心地よいリズムが重なり合う。ここでも同じように、コーヒーの香りとジャズの調べが絶妙にマッチし、時間の流れをゆっくりと感じさせてくれる。
メニューを開くと、ストレートコーヒーやブレンドコーヒーなど、選択肢は豊富だ。サンライズ瀬戸の車内で飲んだ缶コーヒーとは違い、ここでは本格的な自家焙煎コーヒーを楽しむことができる。私はブルーマウンテンを選んだ。やわらかな甘みと深い香りが口の中に広がり、サンライズ瀬戸での旅の疲れを癒してくれる。
トーストも注文してみた。少し焦げ目がついているが、それもまた味わいだ。コーヒーが専門のマスターが作る料理の多少の難は、むしろ愛嬌として受け止められる。サンライズ瀬戸の車内で食べた簡素な朝食とは違い、この少し焦げたトーストが、どこか懐かしい家庭の味を思い出させてくれる。
店内の雰囲気も、サンライズ瀬戸の車内と通じるものがある。穏やかそうなマスターと明るい雰囲気のウェイトレスが、乗務員のように親切に接してくれる。まるで、列車の旅を延長しているかのような錯覚さえ覚える。
この喫茶店で過ごす時間は、サンライズ瀬戸での旅と同じく、現代社会から切り離された特別な時間だ。椅子の生地に残るタバコの焦げ跡さえも、時代を感じさせる味わい深いディテールだ。
しかし、全てが過去の再現というわけではない。禁煙の客が増えているという現実も反映されている。喫煙者が減少している現代社会の変化が、この古き良き喫茶店にも少しずつ影響を与えているのだ。
サンライズ瀬戸での旅と同じく、この喫茶店での時間も、いずれは終わりを迎える。夜8時には閉店してしまうという早い閉店時間も、どこか懐かしさを感じさせる。しかし、それもまた純喫茶ならではの味わいだと受け止められる。
サンライズ瀬戸での旅と、この南珈琲店での時間は、現代社会では失われつつある「ゆったりとした時間の流れ」を体験させてくれる。それは単なる懐古趣味ではなく、忙しい日常から離れ、自分自身と向き合う貴重な機会を提供してくれるのだ。
旅の醍醐味は、目的地だけでなく、その過程にもある。サンライズ瀬戸での車窓からの景色、そして偶然出会った懐かしい喫茶店。これらの体験が重なり合い、かけがえのない旅の思い出となっていく。
時代は変わっても、人々の心に残り続ける場所や体験がある。サンライズ瀬戸と南珈琲店は、そんな貴重な存在だ。現代社会に生きる我々に、忘れかけていた大切なものを思い出させてくれる。そして、そこで過ごす時間は、まるで魔法のように、日常の喧騒を忘れさせ、心を癒してくれるのだ。
この記事は管理人の別サイトでの香川県紀行からリライトして転載したものです。